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歯医者

French_toast



待合室には、とても小さな音でソニー・ロリンズが掛かっていた。
僕は歯科検診の為に、久し振りに歯医者に来ていた。
検診を受け、歯石を取ってもらうつもりだった。

そう言えば、前回行った歯医者には、やはり小さな音でモーツァルトが掛かっていたっけ。
考えてみると、歯科医院というのは、音楽を掛けている事が多いのだろうか。
少なくとも、僕の記憶の中で、内科医の待合室で音楽を聴いた覚えはない。
そこにあるのは、子供の高い声と、お年寄りの話し声、そしてテレビから流れてくるアナウンサーの声だった。
よく言われる "歯科医院は恐い" というイメージを払拭する為、患者にリラックスしてもらう為の苦肉の策なのだろうか。
それとも、僕の訪れる歯科医師が、たまたま音楽好きなのだろうか。

まあ、そんな事はどうでもいい。
僕は、持ってきた短編集に視線を戻した。
とても短い短編が入ったもので、気が向いたところを適当に開いて読んでいた。
初めて読む作家のものだったが、文体が割と僕の好みで、僕は気になるタイトルの物から順に、適当に読んでいた。

隣から、「随分待ちますねえ。」と声を掛けられた。
見ると、スーツ姿の男が疲れたような顔をして座っていた。

「私なんて、もうかれこれ 40分も待っていますよ。」

「ここ、人気があるみたいですから。」
僕は出来るだけ失礼にならないよう、しかし話す気がない事を滲ませつつ返事をする。

「確かにお休みの日に営業しているなんて、便利ですからね、人気もあるんでしょう。
 あなたは今日はお休みで?」

僕の意図に気付かないのか、或いは全く無視しているのか、彼は続けて話し掛けてくる。

「ええ。休みじゃないとなかなか来られないものですから。」

「私は営業の途中で立ち寄ったんですがね、こう長く待たされちゃ適いませんよ。
 お、それは ** の短編集じゃないですか。
 こう見えても、私はその作家には詳しいんですよ。」

彼は僕の手の中の本に目を向けると、やおら語り出した。
僕は内心むっとしつつ、聞き流す事にした。
出来るだけ彼の言葉が僕の中に入って来ないようする事に、集中した。
僕は、小説や映画に関して、自分が読んだり観たりするよりも先に、ストーリーや人の評価を聞くのが嫌いなのだ。
それが暇つぶしに読んでいる本であっても。

なので、話題が変わった事に、僕は気付かずにいた。
気付くと彼は、僕に何かを懸命に訴えていた。

「ですから、これは丈夫で持ちはいいし、性能もとてもいいんです。
 もう、付け替えたらすぐにでも今までと全く違う世界を体感出来ますよ。
 おまけに、今なら前の物はタダで下取り致します。
 見たところ、30年はお使いでしょう。普通なら下取りだけでも・・・」

「あの、ちょっとすみません。少しぼーっとしていて。
 あなた、セールスマンなんですか?」

相手はちょっとむっとした感情を必死で笑顔の奥に隠し(でもそれは、少しだけ滲み出ていた)、こほんと咳払いをした。

「ええ、そうです。
 こんなお得な話はありませんよ。
 普通なら、初めてのお客様へこんなサービスはしないんですがね、ここでお会いしたのも何かの縁という事で。」

「で、僕は今、何を勧められているんですか?」

相手はさすがに、むっとした表情を 1cm くらい表に出したまま、残りを押し留め、息を吸った。

「ですから、影ですよ。あなたの影は随分くたびれている。」

「影?僕の、影、ですか?」

「そうですよ、そろそろ限界なんじゃないですか?」

 . . .

僕は無言で立ち上がり、受付に行って、今日はちょっと具合が悪くなったのでまた出直すからと診察券を返してもらい、そのまま外へ出た。

影だって?

全くもって、失礼な話だ。
確かに出来は良くないかもしれないけれど、こいつは不満も言わず、三十何年間もいつでも僕に寄り添っていてくれたんだ。

全く、折角重い腰をあげて、歯科検診に行ったというのに、なんでこんな目に遭うんだ?

 . . .

「ふーん。」と目の前の君が言う。

「それが、あなたが今日の歯科検診をサボって、今ここで甘い物なんか食べている理由なの?」

僕は反論を試みる。
「君は疑っているみたいだけど、本当なんだって。
 歯科検診にはちゃんと行く。でも、別の良さそうな歯医者をみつけてからだよ。」

「ま、いいけどね、私の歯じゃないし。
 でも、あなたは本当に歯医者が嫌いなのね。」

「そうじゃないんだ、そこには、本当にそんなヤツが・・・」

僕は最後まで喋れなかった。
君が、僕のセリフの途中で口を開いたのだ。

「それに今どき、そんな古い影を使っている人なんて珍しいわ。」






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  1. 2007/08/09(木) 04:01:18|
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