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雨上がり

hydrangea




雨上がりのある日、そいつは突然やってきた。

その日、僕は朝からツイてなかった。
悪い夢にうなされて起きると、目覚まし時計は壊れていて、起きるはずの時間はとっくに過ぎていた。
単位が危ない一限の授業にはすでに間に合うはずもなく、気落ちしたままベッドから起き上がると、今度は床に置きっ放しだった借り物の CD を踏んでしまった。
コーヒーを淹れようとすれば、粉が切れている上、サーバーを落として割ってしまった。
飛び散ったサーバーの破片を片付ける為に掃除用具を取りに行く途中では、柱に足の小指をぶつけた。
せめて朝食を食べようと、トーストを焼こうとすれば、パンにはカビが生えているといった具合だ。
まったくもって、こんな日には何も上手くいかない。

僕は何もかもを諦めて、冷蔵庫からビールを取り出し、タバコをふかしながらちびちび飲んだ。

せめて、昨日までのように雨が降っていたなら、雨に閉じ込められのんびり部屋で過ごしている気分を味わえていたのに。

そんな事を思っていた時、唐突にドアのチャイムが鳴った。

滅多に来客がないので、僕がその音を耳にするのはかなり久し振りの事だった。
それは、昨日までの雨の湿り気を含んでいるかのような、重い、絞ったら水が滴りそうな音に聞こえた。

僕は重い腰をあげ、玄関ドアを開けた。


「こんにちは、ワタクシ、こういうものですが。」

そいつは、名刺を差し出しつつ、にこやかに言った。

奇妙なやつだった。
全体的にのっぺりとして、頭がでかく、愛嬌があるのに無表情。
名刺には、全日本雨対策協会、そんな訳の分からない文字が印刷されていた。

僕はにっこり笑って、ドアを閉じようとした。
そいつは、僕の動きを読んでいたかのように、ドアの内側に身体の一部を滑り込ませた。

「お話だけでも聞いてください。」

「いや、今から出掛けるんで、忙しいんですよ。」

そいつは部屋の中を一瞥し、鼻を鳴らした。
いや、鼻を鳴らしたような気がした。

僕の飲みかけのビールに顎をしゃくり、
「いやいや、随分優雅な時間を過ごされているんじゃないですか。」
と言いやがった。

こんな訳のわからない奴に付き合うのは嫌だと思いながらも、どうせ今日は朝からツイてない事の連続だし、それがもう1つくらい増えてもいいかという気分にもなっていた。
多分、僕は投げやりになっていたのだ。

そいつは家に上がり込むと、辺りを見渡し、
「なかなかいい部屋にお住まいで。」とかなんとか言い出した。

「で、どんな御用件で?」
僕は冷静に切り出す。

「ええ、あなた様及び妹様と、当方の間の契約についてなんですが。」

僕はびっくりして、言葉を失った。

その間に、そいつはテーブルの上に、書類を並べ始めた。

「ちょっと待ってくれ。契約も何も、あんたとは初対面だし、第一、イモウト?妹は僕とは一緒に住んでないし、一緒に何かの契約を交わすこともないはずなんだけど。」

「そんな事はありません。もう大分前の事なのでお忘れですか?」

そいつはそう言うと押し黙った。
気まずい空気が流れる。

僕はそいつがテーブルの上に並べた書類の1枚に手を伸ばす。
小さい文字の間に、"契約不履行の際" の文字が見えた。

よく読もうとした時だった。
そいつが低い声で話し出した。

「私は、私なりに頑張ったんですよ。
無理な願いも一生懸命聞き届けて、外に何日も吊るされて。
1つの願いならともかく、妹さんに至っては、マラソン大会の前日にはあろう事か、まったく逆の事を言い始め、私を逆さまにしたんです。
私だって、混乱しますよ。一体どうしたらいいのか、分からなくなります。
おまけに、ダメだったら、首を刎ねるなどと脅されて。
それでも頑張っていたのに、今では存在意義さえ・・・」

どんどん声が小さくなっていき、聞き取れないほどの声で何かをぶつぶつ言い続けるそいつから、目が離せなくなっていた。
僕は身動きの出来ないまま、そいつを見つめ続けた。
やがて、そいつはゆっくりと顔を上げた。
それは確かに見覚えのある ――。

 . . .

僕は飛び起きた。
そうだった。
梅雨の合い間の週末、昔持っていたはずの本を探す為に、実家に帰ってきたのだった。

先ほど、本棚の間から、子供の頃に妹と一緒に作ったてるてる坊主を見つけた。
いつの間にか、それを持ったまま寝てしまっていたらしい。

窓の外には、またいつの間にか雨が降り出していた。

僕は、長いこと放っておいたてるてる坊主の埃をぱぱっと手で払い、窓の外に吊るした。






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  1. 2007/07/14(土) 03:03:59|
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